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私は警察に行きたかった

まだ通学路は覚えたてで、決まった道しかわからなかった。通学路には地下道があった。車はあまり通らない地下道だった。

私はクラスメイトと別れ、自転車に乗って家へと向かっていた。通学路でもあった郵便局の前を横切ると、茶色い髪をした若い男が黄色のスクーターに跨って佇んでいた。そこで特に何か思うわけでもなく、いつもの道を同じように進んでいた。

田舎と言われれば田舎だけど、信号もない田んぼ道……ということもなく、通学路に信号はいくつかあった。そのうち一つの信号が赤になり、私は自転車をとめた。同じタイミングで、スクーターに乗った若い男が私の隣に停車し、スカートに手を伸ばしてきた。一瞬何が起きたのかがわからなかったが、逃げなければいけないと思い、慌てて自転車を漕いだ。地下道へ向かってしまった。

全速力で漕いだけれど、すぐに追いつかれてしまった。自転車をとめられ、右腕をつかまれた状態で「何もしないから」と言われても説得力はまるでない。男は手淫をしながら私を捕まえていた。大声は出せなかった。

後ろから車のライトがちかちかと光り、男の手が一瞬離れたとき、私は声をあげ、逃げることができた。全力で地下道を抜け、近くのガソリンスタンドへ逃げ込んだ。偶然居合わせた男性従業員の恋人が、やさしく話を聞いてくれた。

子供ながらに怖かった。通学路で怪しい男と遭遇して、この通路は使いたくなかった。警察に行って、きちんと調べて欲しかった。あの男は何者なのか。こんな田舎にいるのだから、きっと地元の人間なのだろう。通学路で起きた出来事だから、もしかしたら、学校にも連絡したほうがいいのだろうか、さすがに名前は伏せて欲しいけれど、見回りはしてほしいな。そうぼんやり思っていた。

母は、このことをなかったことにした。

「警察に連絡しても、意味はないし、あなたが傷つくだけよ」
「それに、お父さんがなんて言われるか……」

父は教師だった。教師の娘が警察へ行くというのは被害者だとしても考えられないというのが母の考えだった。たしかに、警察へ行ったところで何も変わらない可能性だって十分にある。それでも、そのときの私はただ同じ道を通るのさえ怖かった。それを伝えても、母は聞いてくれなかった。というより、このできごとはガソリンスタンドで泣きじゃくっていた私を迎えに来た帰り道で「終わったこと」にされてしまった。

同じ通学路を同じ自転車で通るのが嫌で、学校へ行きたくなくなった。誰かと一緒じゃなければ学校へ通えなくなった。「ちゃんとしないと」という気持ちだけで、何とか通い続けた。母はなにごともなかったように、私を毎朝送り出していた。母は、笑顔だった。私は、この母親が、嫌いだ。